そういえば、まだ江戸五色不動巡りを回りきってないことに気がつきました
残りの五色不動巡りをしようと、この度三軒茶屋駅近くにある目青不動尊に訪れました
江戸五色不動についてはこちらの記事に書いてあります
最勝寺の基本データ
最勝寺は天台宗のお寺です
山号は竹園山、院号は教学院
本尊は源信(恵心僧都)が創ったとされる阿弥陀如来
当初は山王城琳寺の末寺であったが、小田原城主・大久保加賀守忠朝の菩提寺となるに及び、東叡山寛永寺末寺となりました
有名な目青不動尊は礼所本尊となっています
関東三十六不動尊霊場の十六番ともなってます
最勝寺の歴史
応長元年(1311)玄応和尚により江戸城紅葉山付近に創建 *諸説あり
康正3年(1457)江戸城築城のため麹町貝塚に移転、その後さらに赤坂三分坂(青山墓地近辺)へ移転
慶長9年(1604)青山南町(百人町)に3000坪の土地を与えられ移転
百人町はその名の通り、百人の同心が住んでおり、そのうち三十七人が教学院の檀家に、六十三人が信者になり念仏講を結んでいたといいます
この講の維持に一人三合宛の米を奉納していたので「三合山」とも呼ばれ親しまれていました。この佛米拠出により閻魔堂(現在の不動堂)が建立され、双盤念仏が盛んに行なわれていました。
明治42~42年(1909~1911)太政官布告により現在地に移転
明治15年(1875)当時麻布谷町(現・港区六本木一丁目付近)にあった観行寺が廃寺、伴って本尊の不動明王像(秘仏)と前立の不動明王像が最勝寺に遷された。
山門
不動堂
目青不動尊を見ることはできませんが、不動堂をのぞき込むと、もう一体の不動様(前立の不動明王像)をうす暗い中見ることができるでしょう
特筆すべきは、不動明王像の右脇侍として閻魔大王が安置されているということ
お地蔵さんと閻魔大王は同一視されています
目青不動尊とは
残念ながら目青不動尊は、秘仏となっており見ることができません
天上界と地上界の間にたなびく青い空の色に基づく不動尊であることから、その名前が付けられたといわれています
慈覚大師円仁によって作られたとされており、天と地の連絡をしてくださる不動尊で、縁結びのご利益があるそうです
教学院
最勝寺にある著名な建造物など
- チシャノキ(樹齢100年以上の巨木で世田谷区の銘木百選にも選ばれている、青山からの移転の際には荷馬車で運ばれました)
- 小田原藩大久保氏・荻野山中藩(駿河松長藩)大久保氏・烏山藩大久保氏の歴代藩主の墓
- 獣魂塔
お地蔵さんも何体か見つけることができました
最勝寺で行われている行事
- 花祭り(4月8日)
お釈迦様を生花で飾り、ガクアジサイの葉を煎じた甘茶をかけたりするそうです
最勝寺へのアクセス
世田谷区太子堂4-15-1