お地蔵さんブログ

お地蔵さんの写真や解説などを記しています

賊除け地蔵(与楽寺)

与楽寺 寺号標

 

お寺の中には、本尊がお地蔵さんというお寺があります。
本尊とは、お寺の本堂に安置されていて、信仰の対象として最も尊重されている仏像のことです。

 

お寺にお地蔵さんがいらっしゃるのは、一般的なことに思えますが、本尊がお地蔵さんのお寺はあまり多くないように思えます。
今回は本尊がお地蔵さんのお寺、田端にある与楽寺に行ってきました。

 

【目次】

与楽寺の基本情報

与楽寺は真言宗豊山派のお寺で、山号宝珠山院号は地蔵院。
弘法大師がこの地に建立したのが始まりだとされています。


慶安元年(1648)には寺領20石の御朱印状を拝領、京都仁和寺の関東末寺の取締役寺を務めました。


本尊は地蔵菩薩、江戸六阿弥陀4番、御府内八十八ヶ所霊場56番札所、豊島八十八ヶ所霊場56番札所、上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場21番札所でもあります。

 

与楽寺の石塔

山門

与楽寺 山門

2017年建立の新しい山門です。

本堂

与楽寺 本堂

阿弥陀堂

与楽寺 阿弥陀堂

鐘楼

与楽寺 鐘楼

阿弥陀 第四番の扁額

六阿弥陀 第四番の扁額 与楽寺

弘法大師

与楽寺 弘法大師像

 

ほかにも見どころのある建造物などが多数
(それぞれ名称が不明でした・・お分かりの方がいたら教えてください)

 

与楽寺のお地蔵さん

本尊の地蔵菩薩像は秘仏となっており、残念ながら見ることができませんでした。
弘法大師の作とされているそのお地蔵さんは、またの名を賊除け地蔵と呼ばれています。

 

それはこのような逸話があるからです。

 

昔、ある夜こと。盗賊が与楽寺に押し入ろうとした時、どこからともなく多数の僧侶が出てきて盗賊の侵入を防ぎ、遂に、これを追い返してしまいました。
翌朝、本尊の地蔵菩薩の足に、泥のついているのが発見され、地蔵菩薩が僧侶となって盗賊を追い出したのだと信じられるようになりました。

 

引用 歩きたくなるまち 東京都北区「与楽寺・賊除地蔵尊の伝承地

 

与楽寺のお地蔵さん

こちらは本尊とは別のお地蔵さんです。

与楽寺へのアクセス

東京都北区田端1-25-1
JR山手線 田端駅より徒歩6分

令和地蔵(川越 紋蔵庵)

令和地蔵

 

今回紹介するのは、お寺のお地蔵さんでも路傍のお地蔵さんでもありません。
川越にある紋蔵庵という和菓子を販売するお店にいる令和地蔵です。

 

お店にいるお地蔵さんといえば、以前川越を訪れた際、宇田川やという水飴屋さんの店頭にもお地蔵さんがいたことを思い出します。

jizo-bosatsu.hatenablog.com

お菓子の紋蔵庵 - 蔵の街店

令和地蔵のいる「お菓子の紋蔵庵 - 蔵の街店」は、本町通りの「札の辻」交差点を1本通りを入ったところにあります。
近くには著名な観光名所「時の鐘」もあります。

 

川越 時の鐘

 

お店に到着しました。
つばきかりんという名前のお芋のかりんとう風のお菓子が有名みたいです。

 

お菓子の紋蔵庵 - 蔵の街店

 

令和地蔵がいるのはお店の中庭。
店員のお話では購入したお菓子を設置されているベンチに座って食べることもできるとのこと。

 

お菓子の紋蔵庵 - 蔵の街店 中庭

お菓子の紋蔵庵 - 蔵の街店 中庭のベンチ

 

monzouan.com

 

令和地蔵

令和地蔵

 

川越には、さつまいも地蔵尊やあごなし地蔵などユニークなお地蔵さんが多い街でもあります。
機会があれば是非、令和地蔵の近くのこれらのお地蔵さんへも足を運んでみてください。

jizo-bosatsu.hatenablog.com

jizo-bosatsu.hatenablog.com

お菓子の紋蔵庵 - 蔵の街店へのアクセス

泣きべそ地蔵(光明院)

泣きべそ地蔵(光明院)

 

JR荻窪駅の線路沿いにある光明院というお寺では、泣きべそ地蔵というお地蔵さんを見つけました。
光明院は「荻の小径」という自由通路があり、萩が自生することから「萩寺」の通称で呼ばれ、荻窪の地名の由来になったと言われています。

 

【目次】

 

光明院の基本情報

光明院は真言宗豊山派のお寺で、山号は慈雲山、寺号は萩寺。
和銅元年(708年)行基作の仏像を背負った遊行中の僧が、この地を通りかかったところを急に仏像が重くなり、萩の草堂を作って仏像を安置したのが開創と伝えています。
本尊は千手観音坐像、通称「荻窪の観音様」の名で近在の人々に親しまれています。

山門

光明院 山門

本堂

光明院 本堂

 

現在の本堂は天保11年の火災から10年後に再建された建物で、明治21年甲武鉄道(現在の中央線)建設のため北へ移り、その後昭和44年ホール新築にあたり現在の場所へ移築しました。
御本尊は千手観音座像(推定 南北朝時代作・1300年代)です。
以前は、毎年8月16日に縁日が行われ、村の男女が、この縁日がきっかけで結ばれる事が多かったことから「出逢い観音」といわれてにぎわっていました。

 

鐘楼

光明院 鐘楼

 

平和を祈願して作られ、朝昼夕と毎日ついておりました所、作家の上林暁(かんばやし あかつき)先生が、「光明院の鐘の音」と題された随想を文芸春秋に発表され、有名になりました。
御遺族の希望で光明院で葬儀が行われ、沢山の文士の方が鐘を鳴らし冥福を祈りました。

 

光明院のお地蔵さん

光明院のお地蔵さん

泣きべそ地蔵

泣きべそ地蔵

 

小張吉兵衛さんが建立された阿彌陀様、観音様、勢至菩薩の4体の大きな石仏をいいます。
吉兵衛さんが両親と奥さんを相次いで亡くし、悲しみをまぎらすためにお地蔵様を建てました。
建てた当時は普通のお顔でありましたが、だんだん悲しみの顔にかわり、ついに泣きべその顔になった。と伝えられています。

 

本堂、鐘楼、泣きべそ地蔵の説明文は、光明院のウェブサイトから引用させて頂きました。

光明院へのアクセス

東京都杉並区上荻2-1-3 JR・東京メトロ丸ノ内線 荻窪駅より徒歩3分

善福寺のお地蔵さん

善福寺のお地蔵さん

 

江戸向き地蔵の近くに善福寺というお寺がありました。
境内に何体かお地蔵さんを見つけることができたので、お寺と共に紹介していきましょう。

 

jizo-bosatsu.hatenablog.com

 

【目次】

 

善福寺の基本情報

善福寺は曹洞宗のお寺で、山号は福寿山。
開山は御堂阿闍梨と伝えられ、中興開山は月山機法。

 

元々は無量山福寿庵と称する浄土系の小庵でした。
享和年間(1891~1894)以前(一説には宝永6年(1709))には観泉寺(今川2-16-1)持になり、曹洞宗に転宗。
昭和17年(1942)善福寺と改称しました。

 

本尊は阿弥陀如来立像。
またこの辺りの地名は善福寺と呼ばれていますが、地名の由来となった善福寺は江戸時代に災害にあって、廃寺となったので現存しません。

山門

善福寺の山門

本堂

善福寺の本堂

本堂

 

善福寺のお地蔵さん

お地蔵さん

地蔵菩薩像

子育て地蔵

 

善福寺へのアクセス

東京都杉並区善福寺4-3-6
西武鉄道新宿線 上石神井駅より徒歩12分

江戸向き地蔵

杉並区の青梅街道沿いの五差路に「江戸向き地蔵」と呼ばれるお地蔵さんが立っていました。
どんなお地蔵さんなのか紹介していきましょう。

 

江戸向き地蔵

江戸向き地蔵

 

中央の地蔵菩薩立像は 享保14(1729)年の造立。
三体の地蔵菩薩立像と、一基の三山百番供養塔が造立されています。

 

これらは、江戸時代以降、地域の人々が願いを込めて造立した民間信仰石造物です。
中央の地蔵菩薩立像は、享保十四年(1729年)に造立され、通称「江戸向き地蔵」と呼ばれていたと伝わります。
また、この場所において、地域の人々が集まって念仏を唱え、支社の供養を行う念仏講等の活動が行われていたと言われています。

 

三山百番供養塔は、文政九年(1826年)に造立され、江戸時代に流行した坂東三十三番、秩父三十四番、西国三十三番の角巡礼場所を足した百番と出羽三山の巡礼を終えた巡礼記念として作られたものと考えられます。
また、梵字で「観世音」と刻まれていることから、その功徳を地域の人ボトに施す目的もあったと思われます。

 

*近くの説明書きから引用しました

 

江戸向き地蔵

その名の通り江戸の方を向いているのかは不明です。

 

地蔵坂

近くには「地蔵坂」と名前の付いた坂が
江戸向き地蔵に由来しているのでしょうか?

江戸向き地蔵へのアクセス

東京都杉並区善福寺4-1-1
筆者は西荻窪駅から歩きましたが、上井草駅上石神井駅からの方が近いかもしれません。

全龍寺のお地蔵さん(東京都大久保)

大久保 全龍寺の看板

 

新宿区の大久保通り沿いに全龍寺というお寺を見つけました。
境内には何体かのお地蔵さんがいらっしゃいました。
この周辺はコリアンタウンと化しており、韓国料理屋さんやKPOPなどのお店が軒を連ね、大変な賑わいを見せています。
お寺の情報と共に紹介していきたいと思います。

 

【目次】

 

全龍寺の基本情報

全龍寺は曹洞宗のお寺で、山号は海亀山。
鐵雙和尚が寛永年間(1624-1643)に創建したといわれています。

 

山門

大久保 全龍寺 山門

 

寺号標

大久保 全龍寺 寺号標

 

本堂

大久保 全龍寺 本堂

 

全龍寺のお地蔵さん

お地蔵さん

地蔵菩薩像

お地蔵さま

お地蔵さん

石仏

 

全龍寺へのアクセス


東京都新宿区大久保1-16-15
JR新大久保駅より徒歩約5分。

被爆地蔵尊(西蓮寺)

被爆地蔵尊

 

原爆ドームの近くにある西蓮寺。
寺が所有する原爆被爆遺物として被爆地蔵尊があります。
お寺の情報と共に紹介してみたいと思います。

【目次】

 

西蓮寺の基本情報

西蓮寺 広島市

 

西蓮寺は浄土宗のお寺で、山号は華臺山。
1605年(慶長10年)心誉崇源上人により開山。
1956年(昭和31年)に都市計画法による広島平和記念公園建設のため、現在地に移転しました。
本尊は阿弥陀如来

被爆地蔵尊

被爆地蔵尊

 

この地蔵尊もまた原爆投下の恐ろしさを現在に伝える貴重なものです。
地蔵尊のほぼ真上から原爆の熱線が来たために、側面と陰となった部分は滑らかになっていますが、他の部分は表面がザラザラになっています。

 

被爆地蔵尊の説明書き

 

西蓮寺の被爆した瓦や被災した当時の写真も見ることができます。

 

被爆地蔵の写真展がロサンゼルスで開催されたこともあります。
写真集も出版されているようです。

digest.culturalnews.com

 

お地蔵さんを通して、被爆の恐ろしさを伝えることができれば、本望かと思います。

被爆地蔵尊へのアクセス

広島市中区大手町1-3-10
広島市電「原爆ドーム前」より徒歩1分