お地蔵さんブログ

お地蔵さんの写真や解説などを記しています

ほうろく地蔵尊(西東京市)

ほうろく地蔵尊

 

石幢六角地蔵尊深大寺道に沿って歩いていくと、ほうろく地蔵尊というお地蔵さんを見つけました。
以前大円寺というお寺で出会ったほうろく地蔵尊は、八百屋お七と関連の深いお地蔵さんでしたが、このお地蔵さんはどのような由来があるのでしょうか?

 

jizo-bosatsu.hatenablog.com

 

ほうろく地蔵尊

ほうろく地蔵尊

 

 

通称文化通り(江戸時代は「札野道」と呼ばれた吉祥寺方面への道)と深大寺道が交差するところにあります。
頭光(頭部にある光背)がほうろくに似ていることから「ほうろく地蔵」という名が付けられました。

西東京市公民館だより 第216号より

 

地蔵祠

 

きちんと手入れがされ、地域住民に愛されているお地蔵さんという印象を受けました。

 

ほうろく地蔵尊へのアクセス

東京都西東京市南町1-9-9

 

 

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きりかぶ地蔵尊(金剛寺)

きりかぶ地蔵尊

 

きりかぶ地蔵尊?なるお地蔵さんを西東京市で見つけました。
金剛寺というお寺のお地蔵さんらしいのですが、実質路傍のお地蔵さんという印象を受けました。

 

金剛寺の基本情報

金剛寺の入り口

 

金剛寺徳雲寺の分院で、山号は北斗山。
創建は永享2年(1430)石川県七尾市西三階。
ご開山は雲沢詔興大和尚。
当山には、石動山合戦で焼き討ちの際持ち出された一面六臂如意輪観世音菩薩坐像を所蔵。

 

きりかぶ地蔵尊

きりかぶ地蔵尊

 

詳細は調べてみましたが不明でした。
コロナ対策で赤いよだれかけの代わりに赤いマスクを着用していました。

 

金剛寺へのアクセス

東京都西東京市南町1-4-6

 

 

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石幢六角地蔵尊(せきどうろっかくじぞうそん)

石幢六角地蔵尊(せきどうろっかくじぞうそん)

 

西東京市西原町の六角地蔵通りで、石幢六角地蔵尊(せきどうろっかくじぞうそん)を見つけました。
地蔵尊のある通りは所沢街道や鎌倉街道などが交差する五叉路となっており、所沢街道も先に進むと二股に分かれることから、実質6つの分かれ道になっています。
石幢六角地蔵尊は各面に一体ずつ地蔵尊が浮彫りされ、脚部にそれぞれの道の方向を示す道標が刻まれています。
西東京市指定第1号文化財にもなっています。

 

石幢六角地蔵尊とは

この石幢六角地蔵尊は、江戸時代の安永八年(1779)に田無村地蔵信仰講中43人によって建立されたものです。
長年、雨風にさらされていますが、衣のひだなどがはっきりと残っています。
また、このようなレリーフは当時、地方には珍しいものでした。
この場所は、当時すでに道路が六又に分かれていたので、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)を救済するといわれている地蔵尊を路傍に建立し、その道路の各方面に地蔵尊を一体ずつ彫刻して旅人の平安と交通の安全を祈るとともに、南沢道、前沢道、所沢道、小川道、保谷道、江戸道と道路名を刻んで道しるべとしたものです。
これは、江戸時代の交通を知るうえで貴重な記録といえるでしょう。
また、地蔵尊は、地獄に落ちた死者が、赤鬼・青鬼の苦しみにあうところを救ってくれる菩薩でしたが、農村に伝わる信仰と習合して悪疫防除、五穀豊穣から長寿、安産、育児など村人のあらゆる願い事を満たしてくれる仏さまとして厚い信仰を受けていました。
もともとは、所沢街道の北側にありましたが、昭和60年に現在地に移転した時、正面の向きを180度変えたため、「右、江戸みち」を「左、江戸みち」と読まないと迷子になる恐れがあります。

昭和40年8月

引用:西東京市教育委員会掲示

 

石幢六角地蔵尊へのアクセス

東京都西東京市西原町2-5-43

 

 

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