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一円地蔵(永久寺)、六地蔵(明王院)

谷中エリアのお地蔵さんシリーズ
もう少し続きます

今回は一円地蔵という珍しい名前のお地蔵さんなどを紹介したいと思います
谷中エリアのその他の記事はこちらから読んでみてください

jizo-bosatsu.hatenablog.com

jizo-bosatsu.hatenablog.com

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【目次】

 

一円地蔵という変わった名前のお地蔵さんは、永久寺という曹洞宗のお寺にいらっしゃいます

 

本堂

谷中 永久寺 本堂

永久寺の基本情報

永久寺は曹洞宗のお寺で、山号は興福山。
谷中玉林寺中興開山の風室興春和尚(慶安3年1650年遷化)が隠居寺として創建したと言われています
本尊は釈迦如来

一円地蔵

永久寺 一円地蔵

 

見た目は普通のお地蔵さんだけど、舟形の光背に一円玉が刻まれているのが特徴的
一円を粗末にしないようにとの願いを込めて、芸大の一柳雅一氏が彫ったものだとか

 

足元には香炉が賽銭箱代わりになっていました
中に入っているのはもちろん一円玉

お賽銭は一円玉

永久寺のその他の建造物

山猫めをと塚

山猫めをと塚

 

境内に入って最初に目についたのが「山猫めをと塚」と書かれた石碑
幕末から明治初期の戯作者、仮名垣魯文(かながきろぶん)の愛猫の供養碑とのこと
魯文にこの雌雄の山猫を贈ったのが、明治の海軍卿である榎本武揚だそうです

 

こちらは猫のお顔が彫ってある猫塚碑

猫塚碑

永久寺へのアクセス

東京都台東区谷中4-2-37

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続いて訪れたのが明王院

 

山門

谷中 明王院 山門

明王院の基本情報

明王院新義真言宗のお寺で、山号は天瑞山、寺号は歓福寺。
本尊は阿弥陀如来
御府内八十八ヶ所霊場57番札所にもなっています

明王院の歴史

明王院は、弁円法印が開山となり慶長16年(1611)神田北寺町に開山
当地に移転されたのは、慶安元年(1648)のことになります

 

六地蔵

谷中 明王院 六地蔵

 

大子堂
弘法大師像が安置されています

谷中 明王院 大子堂

明王院へのアクセス

東京都台東区谷中5-4-2

除病地蔵尊(谷中不動尊)、初音六地蔵(観智院)

まだまだ紹介しきれない谷中エリアのお地蔵さん
今回は谷中不動尊で知られる総持院で見つけた「除病地蔵尊」そして観智院の「初音六地蔵」を紹介します

谷中エリアの他の記事もぜひ合わせて読んでみてください

jizo-bosatsu.hatenablog.com

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【目次】

 

最初に谷中不動尊で知られる総持院を紹介しましょう

 

山門

谷中不動尊 山門

本堂

谷中不動尊 本堂

総持院の基本情報

総持院は天台宗のお寺で、山号は広隆山、寺号は元導寺。
本尊は阿弥陀如来。芝崎町の東光院が本寺。
高村光雲が宅地内に住んでいたことや、谷中不動尊があることでも知られています。

谷中不動尊

天正18年(1590)徳川家康江戸入府のとき、旗本大久保七郎右衛門忠世(彦左衛門長兄)も大山不動尊と同木同作と言われている守護神の不動尊を奉持して、神田寺町に安置したのが始まりとされています。

谷中不動尊

総持院の歴史

栄松法印が慶長16年(1611)神田寺町に創建
当地に移転したのは慶安元年(1648)のことになります。

 

なお当時、町名は総持院門前町と称していましたが、明治2年に総持院町と改め、12年4月に谷中町となりました。
谷中町及び近辺の信者で講中を作り、大山詣りも盛んに行われ、毎月28日の縁日には屋台も出て賑わったとのことです。

 

家康の長子信康(1579自刃)と、その母築山(今川義元の養女。1579賜死)の母子共に生害されたのを忠隣の孫忠朝深く憐み、元禄11年(1698)120回の御忌辰には、御位牌を当院に安置されてご冥福を祈念されました。

 

幸運にも関東大震災、戦災共に難を逃れています

 

昭和9年都市計画による道路新設のため、境内地を斜めに70坪(231平方メートル)が削減
昭和34年8月不動堂並びに庫裡の一部を改築し、他は補修を加えて現在に至る。

総持院のお地蔵さん

除病地蔵尊

その名の通り、病を取り除いてくれるのでしょうか?

除病地蔵尊

関連サイト

谷中不動尊 総持院 - ホーム | Facebook

総持院へのアクセス

東京都台東区谷中6-2-33


JR日暮里駅より徒歩7分

 

続いては観智院、こちらにも谷中火除不動尊という不動尊がいらっしゃいます

観智院 山門

現在の本堂は福島県佐竹侯の祈願所だったのを移築し、のちに階下を増築し二階建てとしたものです。(当時の本堂は東京大空襲の際に焼失してしまいました)

観智院 本堂

観智院の基本情報

観智院は真言宗豊山派のお寺で、山号は初音山、寺号は東漸寺。
本尊は大日如来、台東初音幼稚園が併設されています
御府内八十八ヶ所霊場63番札所となっています

観智院の歴史

観智院は、照誉法印が慶長16年(1611)神田北寺町に開山
その当時は、醫王山東漸寺圓照院と呼ばれていました

 

慶安元年(1648)觀智院(圓照院)は谷中清水坂に移転
当地に移転したのは万治年中(1658?60)のこととなります

 

元禄11年(1698)院号を現在の觀智院と改めました。

谷中の火除不動

安永8年(1779)、不動堂が建立され、興教大師(覚鑁)の作と伝えられる不動尊像が安置されました。


不動明王は火を観想して動ぜず、あらゆる障害を焼きつくす大智の火を身から発する・・・・・・といわれ、大日如来の使者となって、悪を断じ、善を修して真言行者を守る役割になっています。


文化文政(1804?29)の頃になると、江戸幕府はもちろん近隣からも参詣人が訪れ、門前には市がたつほどの賑わいになったと伝えられています。

谷中の火除不動

観智院のお地蔵さん

初音六地蔵

初音六地蔵

延命地蔵尊と子育て地蔵尊

延命地蔵尊と子育て地蔵尊

山門左手にもお地蔵さんを見つけることができました
画像左の延命地蔵尊は、かつて不動堂に住していた行者が、不動尊の霊告によって境内から掘り出したものです


その隣に立っている子供たちのすこやかな成長を誓願とする子育地蔵は、昭和58年秋の像立です

関連サイト

kanchiin.com

観智院へのアクセス

東京都台東区谷中5-2-4
JR日暮里駅より徒歩8分

 

六地蔵・谷中吉祥天など(多寶院)

先日記事にした天王寺のある谷中エリアはお寺の多いエリアです

 

谷中霊園を中心に60以上の寺院が連なる大規模な寺町となっています
第二次大戦の戦火を免れたのはこのエリアだけだったといいます

 

見どころのあるお寺も多いので、何回かにわたって記事にしていきたいと思います
今回紹介するのは谷中吉祥天があることでも知られている多寶院というお寺です

 

山門

谷中 多寶院 山門

本堂

谷中 多寶院 本堂

多寶院の基本情報

多寶院は真言宗豊山派のお寺です
山号は宝塔山、寺号は龍門寺、本尊は多宝如来
御府内八十八ヶ所霊場49番札所にもなっています

多寶院の歴史

宥純法印が開山となり慶長16年(1611)神田北寺町に創建
当地に移転されたのは慶安元年(1648)のことです

多寶院のお地蔵さん

ややお顔が崩れかけているお地蔵さん

谷中 多寶院のお地蔵さん

六地蔵

谷中 多寶院 六地蔵

多寶院の著名な建造物

ともに台東区登載文化財となっています

 

そしてこちらが谷中吉祥天
幸福・美・富を顕す神で、美女の代名詞として尊敬を集めています

谷中吉祥天のお堂

谷中吉祥天

慈母観音像

谷中 多寶院 慈母観音像

多寶院へのアクセス

東京都台東区谷中6-2-35

JR日暮里駅南口より徒歩約6分
東京メトロ千代田線、千駄木駅1出口より徒歩約9分
日暮里(舎人ライナー)駅東口から徒歩約10分

天王寺とその周囲のお地蔵さん(谷中)

谷中銀座で有名な台東区谷中周辺は、お寺の多いエリア(寺町)となっています
谷中霊園の一角にある天王寺は緑に囲まれ、静かな環境に恵まれています

文化財も多く歴史のある天王寺とその近くで見つけたお地蔵さんを今回は紹介したいと思います


【目次】 


山門

天王寺 山門

向唐門

天王寺 向唐門

天王寺の基本情報

天王寺天台宗のお寺で、山号は護国山、院号は尊重院。
開山は日源、本尊は阿弥陀如来
上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場9番札所にもなっています

天王寺の歴史

天王寺の歴史は、鎌倉時代後期に日蓮が関小次郎長耀の屋敷に宿泊した事が発端となります。
その際に日蓮に帰依した関小次郎長耀は草庵を作り、弟子の日源が法華曼荼羅を勧請して開山したとされています。
当時の宗派は日蓮宗でした。

 

室町時代には、目黒碑文谷の法華寺(今の天台宗円融寺)から日耀が転住、中興してから永らく栄えました

jizo-bosatsu.hatenablog.com


寺の存続を望んだ輪王寺宮公弁法親王が慶運大僧正を天台宗1世として迎え、毘沙門天像を本尊とした。なお祖師像など日蓮宗関係の品々は瑞輪寺に引き取られました。

その後本尊は阿弥陀如来と改められましたが、この毘沙門天は谷中七福神の1つとして篤い信仰を集め、今日に至ります。
また慶運大僧正はのちに長野善光寺を中興した人物としても知られています

  • 1700年(元禄13年)寺門維持のため幕府から富くじの興行を許され、目黒不動湯島天神とともに「江戸の三富」に数えられて大いに賑わいました。富くじは1842年(天保13年)に禁令が出されるまで続けられました。

jizo-bosatsu.hatenablog.com

本堂

天王寺 本堂

毘沙門堂

天王寺 毘沙門堂

天王寺で行われている主な行事

1月1日 修正会
1月1日~10日 谷中七福神めぐり(毘沙門天)
1月初寅 初寅毘沙門天護摩
2月3日 節分会
2月初午 初午稲荷供養
2月15日 涅槃会
3月春分 春彼岸中日法要
4月8日 花まつり
5月15日 日蓮宗歴代供養
6月4日 山家会
7月13日 迎え盆法要
7月16日 送り盆法要
7月20日 施餓鬼会
9月秋分 秋彼岸中日法要
10月20日 地蔵まつり(『地蔵経』読誦)
11月24日 霜月会(大師粥)
12月8日 成道会
12月31日 末法

そのほかにも、2~12月の各3日には毘沙門天護摩供、毎月20日法話会、毎月第4土曜に仏像彫刻会、毎月30日に写経会が行われている
やはり気になるのは地蔵祭りですね、今年は日曜日が該当するので、予定が合えば参加してみたいと思います

天王寺の著名な建造物

銅造釈迦如来坐像 天王寺

ひときわ目立っている銅造釈迦如来坐像、像高は296cmあります
日蓮宗だった時代の1690年に建立されました

境内の中にはお地蔵さんを見つけることができました

学童守護のお地蔵さん(台座には学童の姿が刻まれています)

学童守護のお地蔵さん

お地蔵さん

天王寺へのアクセス

東京都台東区谷中7-14-8 JR山手線・京浜東北線常磐線 日暮里駅南口より徒歩2分
東京メトロ千代田線 千駄木駅1番口より徒歩15分
京成本線 日暮里駅より徒歩2分

天王寺の脇の祠にお地蔵さんをみつけました

天王寺近くの地蔵祠

天王寺近くのお地蔵さん

 

北向地蔵尊(神戸市)

神戸市には中央区北長狭通一丁目にある地蔵ビルには、北向地蔵尊と呼ばれるお地蔵さんが祀られています
そういえば大阪の梅田にも同じ名前のお地蔵さんがあったことを思い出しました

jizo-bosatsu.hatenablog.com

そして地蔵ビルの中のお地蔵さんといえば、吉祥寺御縁地蔵を思い出してしまいます

jizo-bosatsu.hatenablog.com

神戸市にある北向地蔵尊についても、その由来などを調べてみました

神戸 北向地蔵尊

北向地蔵尊の由来

ある時大雨が降って神戸市を流れる生田川が増水し、沿岸の住人は土嚢を積んで堤防の決壊を防ごうとしました
しかし積むべき土嚢は尽きてしまい、さらに流木が土手に引っかかってしまい、今にも決壊してしまいそうです


なすすべがなくなってしまい、その場から撤退を余儀なくされてしまった住民だが、その時に何かを引きづって水の中に沈めるような音を耳にしたといいます

 

翌朝になって住民が堤防に行ってみると、流木が引っ掛かっていた場所に大きな石があって堤防の決壊を防いでいました
そして土手には見覚えのない地蔵菩薩像が鎮座していたといいます

 

住民たちは地蔵菩薩像が堤防の決壊を防いだのだと信じ、生田川の西岸に仏堂を建立し、堤防の方角を向く形で地蔵菩薩像を安置した
以来この地蔵菩薩像は北向地蔵尊と呼ばれているのだとか

 

ちなみに当時生田川は、現在のフラワーロードを流れていたとのことです
このお話は神戸市中央区のウェブサイトでも紹介されています

北向地蔵尊へのアクセス

神戸市中央区北長狭通1-20-12
各駅三ノ宮駅より徒歩約4分

神戸 地蔵ビル

地蔵ビルの看板を目印に

神戸市で見つけた路傍のお地蔵さん

北向地蔵尊に会った後、神戸を街歩きしていたら、路傍のお地蔵さんを見つけました

神戸市内の地蔵祠

神戸市のお地蔵さん

賽銭泥棒が多いのでしょうか?注意書きが貼ってありました
お地蔵さんの賽銭を盗むとはなんと罰当たりな行為でしょうか

近くの石碑もそんな行為を嘆いているかのようでした
「こころから鬼も佛もうまれる よき子をたまへ 南無地蔵尊

お地蔵さんの石碑

場所は記憶が定かではありませんが、写真の位置情報からこの辺だったと思います

くび地蔵(神戸市東灘区)

神戸市にくびだけのお地蔵さんがいるとは知識としては知っていました
実際に見てみると、とてもインパクトのあるお地蔵さんでした
しかしどうしてこのお地蔵さんはくびしかないのでしょうか?その由来などを調べてみました

 

神戸 くび地蔵 地蔵祠

くび地蔵とは

くび地蔵の由来については、説明書きがありました

 

かつて大名行列や旅人が、盛んに西国街道を往来していたころ、当地に首から上の病気に霊験あらたかだったという「花松地蔵」と呼ばれる地蔵尊があった。
くび地蔵は、大正6年に地域の人々によって建立されたもので、すでにあった「花松地蔵」に納め「花松くび地蔵」と名付けられた。

 

どうやら正式には、花松くび地蔵というみたいですね
首しかないというのも首から上の病気にご利益があるというのが由来なのでしょう
阪神大震災の際に倒壊しましたが、平成7年5月に再建されたとのことです

 

神戸 くび地蔵 

くび地蔵へのアクセス

兵庫県神戸市東灘区田中町5-3-6