長崎県壱岐市には、はらほげ地蔵と呼ばれる満潮時には胸まで浸かってしまう六地蔵尊があります。
管理人未訪の地にはなりますが、いつかはお目にかかりたいお地蔵さんの一つであります。
【目次】
はらほげ地蔵とは
地蔵のお腹の部分にまるい穴があいてるので、「はらほげ地蔵」 と呼ばれている。
干潮時には、近くで地蔵を拝むことができるが 満潮時には、地蔵の胸の部分まで海中に隠れるので、陸上から しか拝むことができない。
何時、誰によって安置されたかは不明であるが、 干潮時にお腹の部分にお供え物を入れ、再び干潮になる時、お腹に入れたお供え物が海中に運ばれる際に祈りを捧げたのが始まりと云われている。
遭難した海女の冥福を祈るため、又は捕獲したクジラを供養するため、あるいは、体内の病気を洗い流すためなど信仰の対象は様々であるが、現在でも春秋彼岸明けとお盆の8月15日に は各戸が参詣し、又、旧暦の10月24日に浦中行事として八幡浦全体の安泰、海上安全、大漁満足を祈願して地元の人々によって供養が行われ、大切に守られている。
解説文は、はらほげ地蔵の近くに建てられてある「壱岐市教育委員会」の解説から引用させていただきました。
かつては村の入り口にあったとのことですが、港湾整備で何回も移転した後、現在の場所に移転したのは平成17年のことです。
暴風雨などで頭が取れたりして、何度も修復が繰り返され、現在は頭部は別の丸石をのせてセメントで接着。
胴体も台座に穴をあけて、固定してあるとのことです。
はらほげ地蔵にまつわる民話
また次のような民話も残っています。
昔、1匹の親狸(おやだぬき)と6匹の小狸がこの周辺の森の中に住んでいました。
あるとき、いたずら好きの村の子供が、狸の住んでいる穴をふさいで、外から木の葉や枯れ枝をたいて、煙で穴の中をいぶしました。
子狸は死にましたが、親狸は穴から飛び出して逃げていきました。
それから、親狸は子狸のあだ討ちのために、夜中になると村々の家に火をつけてまわりました。
村の人たちは、夜中に当番で見張ることにしたら火事はなくなりました。
しかし、その代わりに、村中に赤痢が大流行してたくさんの人々が亡くなりました。
そこで、村中の人たちが集まり、子狸の霊を慰めるためにはらほげ地蔵を祀ったといいます。
引用:はらほげ地蔵
はらほげ地蔵へのアクセス
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