お地蔵さんブログ

お地蔵さんの写真や解説などを記しています

八百屋お七のお墓(円乗寺)

井原西鶴の「好色五人女」をはじめ歌舞伎や円楽、浮世絵などで知られる八百屋お七
恋仲となった庄之介に会いたさのあまり放火、その罪で火刑になってしまったお七。
何故お七地蔵という名前のお地蔵さんが存在するのでしょうか?

 

調べてみると、八百屋お七にまつわるお寺は、ここ円乗寺のほかにも都内各地に存在します。
この記事では、八百屋お七のお墓がある円乗寺を紹介してみたいと思います。

八百屋お七とは

天和の大火(1683年)で家が燃えてしまったお七は、菩提寺である円乗寺に避難します。
そこで出会ったのが寺小姓の生田庄之介。 ふたりは恋仲となりますが、店は建て直され、ふたりは離ればなれとなってしまいます。

 

庄之介に会いたい気持ちは日に日に募るばかり。
「もう一度家が燃えれば、再び寺で庄之介と暮らすことができる」 そう思ったお七は自宅に火を放ってしまいます。
幸い日はボヤで消し止められましたが、お七はその罪で鈴ヶ森刑場で火あぶりにされてしまいました。 (諸説あります)

八百屋お七の墓

八百屋お七のお墓

円乗寺にある八百屋お七の墓は、元々は法名妙栄禅尼の墓でした。
歌舞伎役者の五代目岩井半四郎が後にお七の墓として墓石を追加したことで、八百屋お七の墓として知られるようになりました。

八百屋お七のお墓

 

お墓は3基あり、向かって右が岩井半四郎が奉納したお七のお墓です。
中央の墓石は寺の住職が供養のため建てたもの。
向かって左側の墓石は近所の有志の人たちが、270回忌の供養で建立したものです。

 

但し当時死罪よりも重い罪である火罪で処せられた罪人がお墓に埋葬されるとは考えにくく、実際にはお七の亡骸が埋葬されている可能性は低いといえます。

 

それでは何故お七地蔵という名前のお地蔵さんが存在するのでしょうか?
調べてみてもはっきりとした理由は分かりませんでした。

 

自らの罪業を洗い流して、この世の苦しみを救うお地蔵さんになったとのことです。
また円乗寺の近くにある大円寺には、お七の罪業を救うために、地蔵が熱した焙烙(ほうろく)を自らの頭に被り、自ら焦熱の苦しみを引き受けたというほうろく地蔵がいます。

jizo-bosatsu.hatenablog.com

 

また目黒にある大圓寺にもお七地蔵という八百屋お七にゆかりの深いお地蔵さんが阿弥陀堂の中に安置されています。

jizo-bosatsu.hatenablog.com

円乗寺の基本情報

円乗寺

円乗寺は天台宗のお寺で、山号は南縁山、院号は正徳院。
圓栄法印が天正9年に密蔵院として本郷に創建。
實仙法師が元和6年に圓乗寺と寺号を改めました。
本尊は釈迦牟尼如来、昭和新撰江戸三十三観音霊場11番でもあります。

円乗寺で見つけたお地蔵さん

地蔵菩薩

円乗寺のお地蔵さん

六地蔵

円乗寺の六地蔵

円乗寺へのアクセス

東京都文京区白山1-34-6

都営三田線 白山駅A1出口より徒歩3分 地下鉄南北線 本駒込駅1番出口より徒歩15分

梅窓院のお地蔵さん(外苑前)

地下鉄外苑前駅のすぐ近くの「梅窓院」というお寺の参道にかわいらしいお地蔵さんをみつけました。
お寺の情報と共に紹介してみたいと思います。


【目次】

梅窓院の基本情報

梅窓院は浄土宗のお寺で山号は長青山、寺号は寶樹寺。
開山は戴蓮社頂譽上人冠中南龍和尚、但し大本山増上寺十二世、中興普光観智国師を勧請して開山祖としました。

jizo-bosatsu.hatenablog.com

本尊は阿弥陀仏
江戸三十三観音霊場24番、東京三十三観音霊場7番札所でもあります。

寺号塔

梅窓院の寺号塔

梅窓院の歴史

寛永20年(1643)梅窓院建立。当時の広さは現在の約4倍の13,000余坪であったといいます。
明治10年(1877)増上寺の学寮『慈忍室』が梅窓院に移って来る。
昭和20年(1945)戦災により観音堂が焼失、昭和25年に再建。
昭和39年(1964)東京オリンピックに伴う国道246号線拡張で境内地が国に買い上げられる。
平成7年 (1995)観音堂老朽化の為、新観音堂が建立。
平成15年(2003)新本堂棟が完成。設計は建築家の隈研吾氏。

山門

梅窓院の山門

梅窓院の山門

梅窓院のお地蔵さん

金明孟宗竹が植えられた参道沿いには、かわいらしい姿をしたお地蔵さんがいました。

梅窓院のお地蔵さん

梅窓院、参道のお地蔵さん

梅窓院二体並んだお地蔵さん

このお地蔵さんについては、詳しいことは調べても分かりませんでした。
しかし「赤坂區史」による梅窓院の縁起には次のように書かれています。

門内の地蔵堂には、楔地蔵尊を奉安してゐる。

但しこのお地蔵さんが楔地蔵尊かどうかは不明です。

梅窓院の不老門

人々の不老長寿を願って先代住職・中島真哉上人が起立したものです

 

www.baisouin.or.jp

梅窓院へのアクセス

東京都港区南青山2-26-38
東京メトロ銀座線 外苑前駅下車 徒歩1分

ぽっくり地蔵(所沢 金乗院)

埼玉県所沢市にある金乗院には、ぽっくり地蔵というお地蔵さんがいます。
名前から想像するに「死ぬときは苦しまずにぽっくり逝きたい」という願いが込められているような気がするのですが、実際はどうなのでしょうか?
金乗院は見どころの多いお寺でもあるので、お寺と共に紹介してみたいと思います。

 

【目次】

金乗院の基本情報

金乗院真言宗豊山派のお寺で、山号は吾庵山、寺号は放光寺。
創建は行基菩薩、開基は弘法大師。本尊は千手観音(山口観音)。
武蔵野三十三観音霊場十三番、狭山三十三観音霊場初番、奥多摩四国霊場八十八ヶ所五十二、六十五、六十七、七十七、七十九番。

本堂

所沢 金乗院 本堂

ぽっくり地蔵

所沢 金乗院 ぽっくり地蔵

当山十八世亮盛師が元禄年間本山に遊学した時、高野山の引導地蔵を招来したものです。
弘法大師様が入定(死亡)された時、振り返って見送られたままの姿は、大変貴重な形です。
此のお地蔵さまを信仰される人は永い病気をすることなくお地蔵さまに由って極楽浄土に見送られます。
建物は昭和四十九年解体復元され地下から多数の埋蔵物が発見されました。


(境内の立て看板から引用しました)

 

やはりぽっくり地蔵様のご利益は、病気で苦しむことなく、ぽっくりと極楽浄土に迎え入れられるということみたいですね。

仁王門

所沢 金乗院 仁王門

所沢 金乗院 仁王像1

所沢 金乗院 仁王像2

もちろん仁王像も

霊馬堂

所沢 金乗院 霊馬堂

鎌倉攻めする際に戦勝を祈願して愛馬(新田義貞公の白馬)を寄進したお堂です。

布袋尊

所沢 金乗院 布袋堂

所沢 金乗院 布袋尊

武蔵野七福神布袋尊があることでも知られています。

興教大師の像

新義真言宗の開祖、興教大師の像です

金乗院でみつけたお地蔵さん

金乗院ではぽっくり地蔵さま以外にもたくさんのお地蔵さんを見つけることができました。

所沢 金乗院 地蔵菩薩

所沢 金乗院 お地蔵さん

所沢 金乗院 お地蔵さま

所沢 金乗院 お地蔵

所沢 金乗院 地蔵

六地蔵

所沢 金乗院 六地蔵1

所沢 金乗院 六地蔵2

水子地蔵

所沢 金乗院 水子地蔵

子育て地蔵尊

所沢 金乗院 子育て地蔵尊

金乗院は山口観音(千手観音)があることで知られています。
千手観音像は二体あり、裏観音は見ることができますが、表観音は秘仏となっており33年に1度しか公開されていません。

 

近くには西武ドームがあるので、野球観戦のついでに訪れてみてはいかがでしょうか?

西武ドーム

金乗院へのアクセス

埼玉県所沢市上山口2203