早稲田駅の近くにある放生寺(ほうしょうじ)には水掛け地蔵というお地蔵さんがいらっしゃいます。
いったいどのようなお地蔵さんなのでしょうか?
お寺の基本情報と共に紹介していきたいと思います。
【目次】
放生寺の基本情報
放生寺は真言宗のお寺で、山号は光松山、院号は威盛院。
寛永十八年(1641年)権大僧都法印威盛院良昌上人によって高田八幡(穴八幡)の別当寺として開創されました。
本尊は聖観世音菩薩(古来より融通・虫封観世音と呼ばれています)
徳川家代々の祈願の寺として葵のご紋を寺紋に用いることが許されています。
御府内八十八ヶ所30番、江戸三十三観音霊場15番にもなっています。
寺号標
手水舎
本堂
放生碑・放生池
毎年体育の日に行われる放生会(ほうじょうえ)の行事の際、鯉の稚魚をこの池に放すのだそうです。
放生会とは、捕らえられた魚介、鳥、動物などを殺生をしないで池、川、山林に放す法事のことで、元々は八幡放生会と言う名前で各地の八幡宮で古くから行われていた行事です。
神変大菩薩
「じんべんさん」のお名前で親しまれております神変大菩薩は別名役えんの行者ぎょうじゃ、役の小角おづぬと申され、法力霊験摩訶不思議なこと古今を絶すると称され修験道の開祖として仰がれております。
神変大菩薩が山岳信仰の第一人者であり、山野を駆け巡って御修行されたことに由来し、今日では特に足腰の弱い方をお救い下さると言われております。
引用:放生寺公式サイト「神変大菩薩」
修行大師
若き日の御修行時代のお姿を修行大師と致しまして、當山檀信徒より寄せられました多数の奉納の御写経にて建立。
敷石の下には四国八十八カ所霊場全てのお寺のお砂を敷き左より時計回りでご宝号「南無大師遍照金剛」とお唱えになり巡られますと四国八十八カ所をお参りすると同じ功徳を受けられます。
引用:放生寺公式サイト「修行大師」
水掛け地蔵
震災後に高野山から移されたものと伝えられています。
何故水掛け地蔵という名が付けられているのでしょうか?由来については調べても分かりませんでした。
隣に建てられている大震火災死亡群霊塔は、大正12年(1923)9月1日に発生した関東大震災の死者を弔うため、大正13年(1924)9月1日に建立されたものです。
共に新宿区地域文化財になっています。
穴八幡宮
放生寺とセットで参拝されることの多い神社です。
神仏分離令により分かれてしまいましたが、元々放生寺と不可分であったという歴史があります。
多くの人々が一陽来福のお札の領布を目的に参拝します。
一陽来福は冬至を表す言葉「一陽来復」=陰極まって一陽が生ずると言う言葉に「来る」年も授与された方たち全てに沢山の「福」が来る様に、當山ご本尊を拝むときに唱えます観音経の結びの「福聚海無量」=福聚(あつ)むること海の如く無量なり と言う偈文より「福」の字を取り「一陽来福」と名付けられました。
引用:放生寺公式サイト「一陽来福」
参道
社殿
光松殿
手水舎
布袋様の持っている袋から水が出るといった珍しいつくりとなっています。
布袋尊
放生寺へのアクセス
東京都新宿区西早稲田2-1-14
東京メトロ東西線 早稲田駅より徒歩2分、副都心線 西早稲田駅より徒歩10分
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