お地蔵さんブログ

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地蔵菩薩像(海福寺)再起地蔵尊・子育て地蔵尊(五百羅漢寺)

目黒不動尊の周辺もまたお寺が多いエリアとなっています

海福寺は黄檗宗のお寺で宗祖隠元禅師が万冶元年(1658)江戸深川に開創しました
上落合にあった廃寺の泰雲寺を合寺、明治43年(1910)に当地へ移転されました
本尊は釈迦牟尼仏

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五百羅漢寺目黒不動尊のついでに足を運ぶ人がいるみたいですが、前者と比較すると知名度がないので境内は閑散としていました

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本堂

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山門

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梵鐘
(中国の鐘の形式に似ながら日本の古鐘の形式に範をとっている珍しいものです)

 

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九重の石塔

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お地蔵さんや石仏も見つけることができました

【アクセス】
目黒区下目黒3-20-9
東急目黒線 不動前駅から徒歩約8分
JR目黒駅東口から徒歩約12分

 

こちらも目黒不動尊に向かう途中で見つけたお寺(五百羅漢寺)です

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五百羅漢と呼ばれる仏像群が無料公開されている日ということもあって賑わいを見せていました
*通常時には拝観料が300円必要です

五百羅漢は松雲元慶が豊前耶馬溪の羅漢石造五百羅漢像に触発され彫刻したもので東京都指定文化財となっています
お釈迦さまが亡くなられたときに集まった500人のお弟子さんたちがモデルであるといわれています。
*寺の衰退時に多くが失われ、現在目にすることはできるのは300体あまりです。

非常に見応えのある仏像群だったのですが、残念ながら撮影禁止となっていました

五百羅漢寺は浄土宗系単立のお寺で天恩山と号します。
元禄8年(1695)鉄眼禅師を開山として江戸本所に黄檗宗羅漢寺として創建されました。
現在の地に移転したのは明治41年(1908)のことになります。
本尊は釈迦牟尼仏

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再起地蔵尊
(失意の人の再起の願いを叶えてくれるお地蔵さまです)

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子育て地蔵尊

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祠の中にもお地蔵さんが祀られていました

【アクセス】
目黒区下目黒3-20-11
JR目黒駅から徒歩で12分
東急目黒線不動前駅から徒歩で8分

おしろい地蔵 蟠龍寺(ばんりゅうじ)

蟠龍寺(ばんりゅうじ)は浄土宗のお寺で、霊雲山称明院と号します。
慶安元年(1648)に開創した称明院を、増上寺の霊雲上人が宝永6年(1709)に霊雲山称明院蟠龍寺として改名再建しました。
本尊の阿弥陀如来像は、都文化財になっています
また山手七福神の1つ弁財天があることでも知られています

以前肌の悩みにご利益のある「おしろい地蔵」を紹介しましたが、ここ蟠龍寺にも同じ名前のお地蔵さんがいます

jizo-bosatsu.hatenablog.com

元々は浅草にあったものですが、関東大震災の際に当寺に移されました
何故おしろい地蔵と呼ばれているかというと、その昔顔に痘痕(あばた)がある娘が、そのせいで結婚ができずに悩んでいました
しかしこのお地蔵さんに願掛けしたところ、痘痕が消えて以後幸せな生涯を送ることができたという故事があるからです
江戸時代には歌舞伎役者がおしろいに含まれる鉛の害に悩み、そのおしろいを地蔵の顔に塗って願掛けしたそうです
現在でも「美人なれるお地蔵さん」として女性がお参りしている姿を見かけます

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山門

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本堂

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他にも何体かお地蔵さんを見つけることができました

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【アクセス】
目黒区下目黒3-4-4
JR山手線目黒駅より徒歩12分

宇田川地蔵など(渋谷区 東福寺)

東福寺天台宗のお寺で、山号は渋谷山。
1173年(承安3年)円鎮僧正によって開創、隣接する金王八幡宮(渋谷八幡宮)の別当院で、渋谷区内最古のお寺です
その起源は939年(天慶2年)の平将門の乱の時までさかのぼり、その際に源経基が宿泊したという家を改めて一寺となし、親王院と称して別当寺としたことが始まりとなっています
本尊は阿弥陀如来

山門

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本堂

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鐘楼
(渋谷区有形文化財に指定されています)

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馬頭観音と合掌地蔵

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栄範地蔵尊、栄傳地蔵尊
(ともに東福寺の住職だった方です)

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地蔵菩薩

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宇田川地蔵
元々は宇田川橋のたもとにあったものですが、何度かの移転を経て平成25年に東福寺に移されました
正面の地蔵尊は昭和37年の造立、右側の地蔵尊は宇田川橋にあった頃からのもので元禄元年(1688年)に造られたものです

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少し離れた場所にある東福寺霊苑では六地蔵や石仏群を見ることができました

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【アクセス】
渋谷区渋谷3-5-8
各線渋谷駅徒歩5分

釣り地蔵(四谷三丁目)

週刊つりニュースの東京本社1階の釣り文化資料館の前にいわば目印的な存在として立っているのが「釣り地蔵」

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その資料館は入館無料で中には日本各地の伝統的な釣竿などが展示されているとのことですが、残念ながら訪れた日は休館日で中に入ることはできませんでした
入場無料とのことですので、釣りに興味がある人は行ってみてはいかがでしょうか

【アクセス】
新宿区愛住町18-7
東京メトロ丸の内線 四谷三丁目駅より徒歩5分
都営新宿線 曙橋駅より徒歩5分

小石川周辺のお地蔵さん(伝通院、真珠院、法傳寺)

伝通院は浄土宗のお寺で、無量山寿経寺と号します。小石川 伝通院と呼ばれることもあります。
本尊は阿弥陀如来

浄土宗中興の祖了誉聖冏上人が応永22年(1415)に小石川極楽水に創建。
慶長8年(1603)徳川家康公の生母於大の方法名傳通院殿)埋葬に際して寺を当地に移して再興しました。
家康の母のほかにも柴田錬三郎佐藤春夫浪越徳治郎など数々の著名人が埋葬されている

浄土宗関東十八檀林のひとつ、増上寺の次席で、徳川家の菩提所となり、数多くの末寺を擁していました。
この近くで生まれ育った永井荷風の随筆「伝通院」の他、夏目漱石の「こころ」二葉亭四迷の「平凡」など文学作品にも描かれている由緒あるお寺です

第二次世界大戦のアメリカ軍の空襲で山門や本堂は焼失し、現在残されているのは戦後に再建されたものです

山門

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本堂

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鐘楼堂

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お地蔵さんも見つけました

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中央が法蔵地蔵尊、右が観世音菩薩、左が勢至菩薩
本来法蔵菩薩から仏となられた阿弥陀様が、大衆信仰として親しみ易いお地蔵様の姿をもってお出ましになった仏と思われています
伝通院公式サイトより)

【アクセス】
文京区小石川3-14-6

東京メトロ 丸ノ内線南北線 後楽園駅より徒歩10分
都営地下鉄 三田線 春日駅より徒歩10分

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こちらも小石川周辺で見つけたお寺です
真珠院は浄土宗のお寺で無量山全忠寺と号します

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初代松本藩主 水野忠清(家康の生母於大の甥)を開基として貞享元年(1684)年に創建されました

このお寺で有名なのが小石川七福神の一つにもなっている布袋様(写真は撮りませんでした)


一見してお寺には見えない丸いコンクリート造りになっている近代的な本堂

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観世音菩薩像や

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巡り合せ干支守護佛石もありました

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お地蔵さんも発見

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【アクセス】
文京区小石川3-7-4

東京メトロ丸ノ内線南北線「後楽園」駅より徒歩12分
都営地下鉄三田線大江戸線「春日」駅より徒歩12分

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最後はお寺の境内の外、路上に立っていたお地蔵さん
しかし法傳寺という浄土宗のお寺のお地蔵さんみたいです
立て看板によれば、お寺が明暦の大火(1657)で本郷より移転した二年後に火災で亡くなった人と厄除けの為に建立されたものです
三体のお地蔵さんがありましたが、度重なる火災や戦争で残っているのはこの一体だけとのことです

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路上で見つけたのでお寺の写真は撮れていません
ネットで調べるととてもお寺には見えないマンション風のお寺だということなので見落としてしまったのかもしれません

【アクセス】
文京区白山2-12-22

都営三田線 白山駅から徒歩約10分
都営地下鉄三田線大江戸線 春日駅から徒歩約11分
東京メトロ丸ノ内線南北線 後楽園駅から徒歩11分

 

 

豆腐地蔵尊(東福院)

四谷の東福院というお寺に「豆腐地蔵尊という珍しい名前のお地蔵さんがいるということで行ってみました
豆腐地蔵という名前のお地蔵さんは、以前後楽園にある喜運寺でも見たことがあるので、案外色んな場所にあるのかもしれません

 

jizo-bosatsu.hatenablog.com

東福院は新義真言宗のお寺宝珠山と号します。本尊は大日如来像。
慶長16年(1611)麹町9丁目横町に創建、寛永11年当地へ移転しました。
御府内八十八ヶ所霊場21番札所ともなっています。

山門

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本堂

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都心型納骨堂があるということでも知られているみたいです。
僕が訪れた時には、お地蔵さんの隣にペット用の納骨施設みたいなものがありました。

さてこの豆腐地蔵は何故そのような名前が付いたのでしょうか?
それにはこんな話があるからです

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昔この付近に、よこしまな心をもった豆腐屋がいました。
毎晩豆腐を買いにくる坊さんがいたが、豆腐屋が代金を竹筒に入れておくと、翌朝これがシキミの葉になっています。
さては、狐か狸が坊さんに化けていたずらをしているのであろうと考え、こらしめに手を切ってしまいました。
豆腐屋が血痕を追ってみると、東福院の門内に入って、この地蔵のところまで続いています。
豆腐屋は坊さんの正体が地蔵であると知って後悔し、それからは心を入れ替えて正直な商売をしたということです。

よく見ればお地蔵さんの右手が欠けています

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子育て地蔵も

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【アクセス】
新宿区若葉2-2
東京メトロ丸ノ内線 四谷三丁目駅から徒歩6分