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北向地蔵尊、榎地蔵尊(大阪梅田、ミナミ)

阪急梅田の駅ビル内(紀伊国屋書店の西側、三番街の一番南側)にお地蔵さんがあるのをご存じだろうか?
もしかしたら「地蔵横丁」という通りの名前の方が馴染みのある人もいるでしょう

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その「地蔵横丁」に祀られているのが、北向地蔵尊
立地の良さから通りがかったついでに手を合わせてお参りしていく人も多くみられました

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それにしてもなぜこんな場所にお地蔵さんがあるのでしょうか?
このお地蔵さんは明治26年にこの付近の畑から掘り出されたものとのこと
当時の地主の仲谷弥三兵衛氏が世話人となって建立したとされています
かつてはこの梅田駅周辺には墓地があって、掘り出されたお地蔵さんは「梅田墓地に葬られた人を見守ってもらおう」という目的のもとで祀られたのです

その後梅田駅拡張工事や新阪急ホテルの建設などで何度か移動を繰り返した後に今の場所に落ち着いたのです
北向きに建てられたお地蔵さんは全国でも珍しいとのことです

【アクセス】
大阪府大阪市北区芝田1-1-3 阪急三番街 南館1F地蔵横丁通り

 

大阪ミナミでもう一体お地蔵さんを見つけました
オリエンタルホテルの横です
かつてこの一帯は寺院が多くあったそうですが、当時のままここに残っているのはこの榎地蔵を含む、わずかなお寺だけみたいです

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【アクセス】
大阪府大阪市中央区千日前2-8-17
最寄り駅:地下鉄難波駅 徒歩5分

伏見六地蔵(大善寺)

京の六地蔵巡り
ようやく3か所目のお寺で地蔵盆以外の日にお地蔵さんが公開(撮影可能)されているお寺に巡り合えました

jizo-bosatsu.hatenablog.com

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大善寺前の道標

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大善寺とは浄土宗のお寺です
山号、院号は法雲山浄妙院、本尊は阿弥陀如来

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慶雲2年(705)藤原鎌足の子、定慧によって創建され、六地蔵の名でも知られています
平安時代前期に天台宗に改宗したが、永禄年間(1558年~1570年)現在の浄土宗に再び改められた

お寺のある最寄り駅も「六地蔵

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これは大善寺が「六地蔵めぐりの根本道場」であり、六地蔵信仰の発祥地として、付近の地名由来になったからです

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地蔵堂(六角堂)

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こちらが地蔵菩薩立像(京六地蔵)木造、一木造、極彩色。

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東福門院徳川秀忠の娘)寄進の鐘楼、明正天皇の安産祈願の成就御礼として寄進されたものです

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本堂前にはミニサイズの六地蔵
六地蔵(地名)にある京六地蔵が祀られている大善寺(通称六地蔵)の中にあるミニ六地蔵(もう訳わかんないですね)笑

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三界萬霊塔の中のお地蔵さん

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鬼瓦も置かれてました

ちなみに次に来訪した常盤地蔵のある源光寺は悪天候のため早めに閉門されていて中にすら入れず

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桂地蔵のある地蔵寺も時間切れで行けませんでした
なかなか京六地蔵を一日で巡るというのは大変だということが分かりました

【アクセス】
伏見区桃山町西山24
JR・京阪六地蔵駅 徒歩8分
拝観時間:9:00~16:00

鳥羽地蔵(浄禅寺)

六地蔵もこれで3記事目となります

 

jizo-bosatsu.hatenablog.com

浄禅寺は浄土宗西山禅林寺派のお寺で、山号は恵光山、寿永元年(1182)文覚(もんがく)上人の開基とされています

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正式名称は恋塚浄禅寺といい、これは境内に袈裟御前(けさごぜん)の首塚(恋塚)といわれる五輪石塔があることからである
本堂には本尊阿弥陀如来立像が安置、観音堂には11面観音立像が祀られている
1711年、火災により焼失したが天保年間(1830-1844)に再建

1158年、第77代後白河天皇の勅命により建てられた地蔵堂には六地蔵のひとつ鳥羽地蔵が安置されている

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なお地蔵堂と観音堂は近代(1880年代)に入ってから現在の地に移されたもので、旧地は現在地の北の街道筋にあったとされています

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地蔵盆の時期ではなかったので公開はされていませんでした

この鳥羽地蔵は当初、小幡の里に祀られていたが、保元年間(1156~59)に、都の出入口に当たるこの地に分祀されました

境内にはお地蔵さんを含む多数の石仏も確認できました

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【アクセス】
京都市南区上鳥羽岩ノ本町93
市バス18番久我石原町行 地蔵前下車
拝観時間:9:00~17:00

山科廻地蔵(徳林庵)

徳林庵は臨済宗南禅寺派のお寺で、仁明天皇第四之宮人康(しのみやさねやす)親王の末葉、南禅寺第260世雲英正怡(うんえいしょうい)禅師が先祖の人見親王を弔うために1550年に開創しました

山号は柳谷山、本尊は聖観世音菩薩
六地蔵のひとつ山科廻地蔵(山科地蔵、四ノ宮地蔵とも)が安置されている

jizo-bosatsu.hatenablog.com

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山科廻地蔵が安置されている六角堂
(8月22、23日以外は公開されていないようです)

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人康親王(第54代・仁明天皇の第4皇子、848年、四品、上総、常陸国の太守、弾正台の長官を歴任)・蝉丸(平安時代前期の歌人・音楽家)の供養塔のそばには石仏も

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蝉丸は百人一首「これやこの 行くも帰るも分かれては 知るも知らぬも逢坂の関」を詠んだことでも知られています

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こちらの六地蔵は二頭身でかわいらしい
琵琶を持ったお地蔵さんがいるのは(向かって一番右らしい)人康親王が琵琶の名手だということにちなんででしょうか

【アクセス】
京都市山科区四ノ宮泉水町16
京阪四ノ宮駅より徒歩5分、JR山科・地下鉄山科より徒歩10分
拝観時間:要確認

鞍馬口地蔵(上善寺)

江戸六地蔵巡りが完了した今、次なる目標はその基となった京六地蔵巡りだと1泊2日で京都に行ってきました

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しかしこれが結論から言うと失敗でした
というのも六地蔵は大半のお寺で毎年8/22、23の二日間しか公開されていないからです
よって記事自体はアップしますが、後日追記が必要な不完全な記事であることを前もって記しておきます

上善寺は浄土宗のお寺で貞観5年(863年)天台密教の道場として円仁によって千本今出川上京区)に創建されました
その後、文明年間(1469~87年)に、春谷盛信によって再興、後柏原天皇勅願寺として栄えます
豊臣秀吉の京都改造に伴って文禄3年(1594年)現在の地に移されました
御本尊は阿弥陀仏坐像(行基作)、ご詠歌「宿替へて御菩薩(みぞろ)もいまは鞍馬口 入くる人を導きにけり」
境内東側の墓地内には「禁門の変」で、亡くなった長州藩士8名を葬った「長州人首塚碑」があります

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門前には第一番六地蔵尊の石柱

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山門

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本堂

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天道大日如来坐像

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たくさんのお地蔵さんも

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鞍馬口地蔵(京六地蔵)」を祀る六角堂
かつては鞍馬街道の入口にある深泥池の畔にあったが、明治時代に起こった廃仏毀釈によってこの寺に移された
鞍馬口地蔵は「深泥池地蔵」「姉子地蔵」と呼ばれる場合もある

【アクセス】
京都市北区寺町鞍馬口東入上善寺門前町
京都市営地下鉄 烏丸線 鞍馬口駅 徒歩5分
拝観時間:9:00~16:00

地蔵盆とは

関東地方の人には馴染みのない言葉かもしれませんが「地蔵盆」というお地蔵さんの縁日があります
ユネスコ無形文化遺産や、日本国の民俗文化財にもなっているのですが、地蔵盆が盛んな近畿地方以外の人にはあまり知名度がありません
北陸エリアでは新潟、信州では長野県や長崎県対馬などでも行われているらしいのですが、新潟生まれの僕はその慣わしを知りませんでした

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地蔵盆は一般的に旧暦7月24日の前日を中心とした3日間を指し、その期間内に縁日(祭り)が行われます
厳密に言えば毎月24日が地蔵盆なのですが、旧暦7月24日以外の地蔵盆は地蔵会(じぞうえ)、地蔵祭と呼ばれることが多い

現在では新暦で行われ、新暦7月24日前後の地域と、月遅れで8月24日前後の地域に分かれる
平日の場合は土日にずらして行われる場合も多い
(月遅れで8月に行われる場合が多数派)
対象となるのが寺院などに祀られているお地蔵さんではなく、いわゆる路傍のお地蔵さん(辻地蔵)であることも興味深い

 

地蔵盆ではお地蔵さんが洗い清められ、新しいよだれかけを付けられ、灯籠を立てたり供え物をしたりして祀られる
子供達に向けたイベントが行われたり、おやつが配布されたりなど子供の為の祭りとされているのは、賽の河原の話に代表されるようにお地蔵さんが子供の守り神としての性格が強い為でしょう

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