お地蔵さんブログ

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スマホ版ですと、カテゴリーから記事が探せないので作ってみました

 

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不動尊とは

お地蔵さん探しで寺院巡りをしていると、〇〇不動尊という表記を見ることがあります
不動尊とはどういう意味なのでしょうか?

 

不動尊とは不動明王の尊称です
明王とは密教系の仏神で、悪魔を撃退する「仏の知恵(真言)を身につけた偉大な人」という意味です
明王の中でも中心的役割を担う5名の明王の中の中心となっているのが不動明王ということなのです

 

大日如来の化身とも言われる不動明王は、天台宗禅宗日蓮宗等の日本仏教諸派および修験道で幅広く信仰されています
ところで不動明王と聞くと怒っているような怖そうな表情を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか?
これは煩悩を抱える最も救い難い衆生をも力ずくで救うためにそのような怖い表情をしているのです

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不動明王を祀っている寺院を〇〇不動尊と呼ぶので、中にはお地蔵さんがいるケースも多いです
三不動としては目黒不動瀧泉寺)、目白不動金乗院)、目赤不動南谷寺があり、五色不動は加えて目青不動(教学院)、目黄不動 (永久寺)、目黄不動最勝寺となっている
上記はあくまでも東京の五色不動であり、厳密には五色に関連する同様の伝説は各所に存在する
なお五色であることについては、古代中国の「万物は木・火・土・金・水の5種類の元素からなる」という五行思想の影響があるとされています

江戸六地蔵【東都歳時記】ぼけ地蔵 瑞泰寺(ずいたいじ)

 瑞泰寺(ずいたいじ)は浄土宗のお寺です
当初は天正17年(1589年)神田に桂芳院として創建され、元和8年(1622)に名称を瑞泰寺と改めました

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入り口に象がいるのがユニークですね

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ぼけ地蔵?お祈りしたらぼけ防止になるのでしょうか?

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江戸六地蔵(東都歳時記)の第一番の銅造地蔵がありましたが、大正の関東大震災で破損し、第二次大戦の戦火によって焼失した為に現在は石造を代仏(壇陀地蔵)としています。

jizo-bosatsu.hatenablog.com

【アクセス】
文京区向丘2-36-1


最寄り駅:南北線本駒込駅 徒歩1分

お地蔵さん密集地帯(駒込~本駒込)

駒込本駒込本郷通りには多数のお寺が密集しており、中には当然のことながらお地蔵さんのあるお寺も多数存在します


江岸寺は曹洞宗のお寺で鳥居忠政が開基となり、慶長元年(1596)お茶の水付近に創建されました

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忠政の父元忠は家康に仕えて長篠の合戦等で輝かしい武功を立てた人物である
明暦の大火の後当地へ移転しました
鳥居氏の子孫で「箱根八里」を作曲したことでも知られる鳥居忱もこの地に眠っています

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【アクセス】
文京区本駒込2-26-15
最寄り駅:都営三田線 千石駅 徒歩7分

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天然寺は浄土宗のお寺です。本尊は阿弥陀仏、1626年に然蓮社天誉上人自性秀公和尚が開山し、平成元年には本堂を再建しました

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こちらが本堂

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植木に埋まった六地蔵が間隔を空けて立っていました

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(写真には収まり切れませんでした)

jizo-bosatsu.hatenablog.com

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お地蔵さん風のかわいい置物も

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【アクセス】
文京区本駒込2-20-8
最寄り駅:東京メトロ南北線  本駒込駅 徒歩8分、駒込駅 徒歩10分

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吉祥寺といっても井の頭公園のある住みたい街ランキング上位の吉祥寺ではありません
駒込にある曹洞宗のお寺の方です

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長禄2年(1458)太田道灌江戸城築城の際、井戸の中から「吉祥増上」の金印が発見されたことから、周陽を開山として千代田区和田倉門に創建されました
天正19年(1591)に神田台地に移転、さらに明暦の大火後、当地へ移転されました
この火事により当地の住人が五日市街道沿いを開発・移住したことが、武蔵野市の吉祥寺の地名の由来となっています
江戸時代には後の駒澤大学となる学寮(旃檀林)が置かれ、数多くの末寺を擁していました

山門をくぐると敷地は広く、本堂まで参道が長く伸びていました

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吉祥寺大仏

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鐘楼

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六地蔵


今回は見れませんでしたが、二宮尊徳のお墓もあるみたいです

春には枝垂桜がキレイに咲き誇るみたいですから、その時期にお花見ついでに訪れるのが良いかもしれません

【アクセス】
文京区本駒込3-19-17
最最寄り駅:東京メトロ南北線  本駒込駅 徒歩7分

 

養昌寺は曹洞宗のお寺で僧傳春が福聚院と号して池之端に創建し、寛永8年(1631)本郷湯島天神台に移転
さらに明山密大和尚禅師を開山に迎えて養昌寺と改号、天和3年(1683)当地へ移転されました
敷地内には新聞小説作家として活躍し樋口一葉の師匠でもある半井桃水のお墓もあります

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【アクセス】
文京区本駒込1-20-17
最寄り駅:東京メトロ南北線本駒込駅

 

地蔵菩薩像(泉岳寺)

泉岳寺曹洞宗の寺院で慶長17年(1612年)に門庵宗関(もんなんそうかん)和尚(今川義元の孫)を拝請して徳川家康が外桜田に創立しました
寛永18年(1641年)の寛永の大火によって焼失。そして現在の場所に移転しました
曹洞宗の江戸三ヶ寺(青松寺・総泉寺と泉岳寺)として曹洞宗の行政面の一翼を担っていたという歴史ある寺院です

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赤穂事件で有名な浅野長矩赤穂浪士が葬られていることで知られ、現在も多くの参拝客が訪れます
しかし例によって赤穂浪士には全く興味のない僕は、境内にお地蔵さんがいないかどうかだけを手短に確認して去ることとなりました

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境内は広く四十七士の墓所は出入り自由なのに対して、赤穂浪士ゆかりの品を所蔵している「赤穂義士記念館」は有料となっています(大人 500円/中高生 400円/小人(10歳以上)250円)

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こちらが本堂、ご本尊は釈迦如来、他に曹洞宗の宗祖である道元禅師・瑩山禅師のほかに大石内蔵助の守り本尊である摩利支天(秘仏)などが納められています

アクセス
東京都港区高輪2-11-1
最寄り駅:都営浅草線 泉岳寺駅

たくさんのお地蔵さん (高野山 東京別院)

良くあることなのですが
お寺に行ってお地蔵さん探しをしていると、それ以外のことが目に入らなくなってしまい、そのお寺の名所を見落としてしまうことがあります

 

今回訪れた「高野山 東京別院」も入っていきなりみつけたお地蔵さんの大群に浮かれてしまって、四国八十八ヶ所お砂踏みをスルーしてしまいました

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四国八十八ヶ所お砂踏みとは、高野山 東京別院の中にある四国八十八カ所の寺名が刻まれた石碑と石仏
そこでお参りをすれば四国八十八カ所を巡ったのと同じご利益があるのだとか
お砂踏みと呼ばれているのは、四国八十八ヶ所の札所から持ち帰ったお砂を全て納めてあるからです

 

また高野山 東京別院御府内八十八ヶ所霊場の第一番札所でもあります
御府内八十八ヶ所霊場巡拝という四国八十八ヶ所お遍路の写しとして江戸時代の中期に始まった巡拝
八十八のお寺のほとんどが都内23区内にあるというのですから、このお寺だけでご利益を得るのはあまりにもお手軽すぎると思い、かといって四国八十八カ所を巡るのは難儀だと思う人は試してみてはいかがでしょうか?

 

歴史のあるお地蔵さんではなさそうですが、二頭身のお地蔵さんは実にかわいらしい!

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六地蔵も境内の中にいらっしゃいました

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jizo-bosatsu.hatenablog.com

高野山 東京別院とは高野山真言宗、総本山金剛峯寺の別院です
延宝元年(1673年)「高野山江戸在番所高野寺」として建立、現在の名前に改称されたのは昭和2年のことです

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【アクセス】
港区高輪3-15-18
最寄り駅:都営地下鉄 浅草線「高輪台駅
(JR品川駅からも徒歩10分程度でアクセス可能)

幽霊地蔵(子安栄地蔵尊)光福寺

港区高輪にある浄土宗のお寺「光福寺」には幽霊地蔵と呼ばれているお地蔵さんがいます
幽霊地蔵というのはもちろん通称で、正式には子安栄地蔵尊といいます

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ではなぜ幽霊地蔵と呼ばれるようになったのでしょうか?

 

それはこのような言い伝えがあるからです

 

江戸時代、光福寺に近くの二本榎通りの飴屋さんに毎晩赤ん坊を連れた若い女性が買い物に来ていました
雨でも傘も持たずにやって来るその姿を不思議に思った飴屋の主人が女性の後をそっと尾行しました
寺の中に入っていったことを確認した主人は後日、今度は寺の住職と共に女性の後をついていきました
すると女性の姿は消え、地蔵の前に辿り着きました
住職はその地蔵を毎日供養すると、それからパッタリと女性が現れなくなったとのこと

 

この言い伝えと風化したせいで足がやせ細って幽霊のように見えるお地蔵さんの姿が結びついてそう呼ばれるようになったものだと言われています

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子安栄地蔵尊は平成4年に港区の有形民俗文化財に指定されています。

境内の中には石仏も多数確認できました

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光福寺は相福寺と号して創建し、明治13年芝源光寺を合併して名を光福寺と改めました

【アクセス】
港区高輪3-14-30
最寄り駅:都営三田線高輪台駅