お地蔵さんブログ

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四ツ谷で見つけたお地蔵さん1(祥山寺、法蔵寺。愛染院)

四谷三丁目付近もまたお寺が多く存在するエリアです
その日は「豆腐地蔵」を目的に訪れたのですが、途中多数のお寺を見つけることができました


祥山寺は臨済宗系単立寺院で瑞渓山と号します。
壁誉長老禅師(永禄2年1559以前の人で)が開山となり文禄4年(1595)麹町付近に創建、寛永年間に当地へ移転しました。
伊賀衆の菩提寺として知られていることから「忍者の寺」と呼ばれることもあります。
また祥山寺の住職小嶋栄年氏は貧民窟の子供たちの学校(3銭学校)を作ることに尽力された方でもあります

参道

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山門

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お地蔵さんは水子地蔵を含め3体見ることができました

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(赤いよだれかけをしてるお地蔵さんは「忍者地蔵」と呼ばれているそうです)

【アクセス】
新宿区若葉1-1-2
東京メトロ丸の内線 四谷三丁目駅3出口から徒歩約3分
JR四ツ谷駅2出口から徒歩約8分
都営新宿線 曙橋駅A1出口から徒歩約8分

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法蔵寺は浄土宗のお寺で五却山思惟院と号します。

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兵庫頭松平親良(元和9年没)が三州法蔵寺の寺號を移して、大譽永蓮和尚を請して天正19年(1591)開山したといわれています。

本堂

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お地蔵さんも見つけることができました

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【アクセス】
新宿区若葉1-1-6
東京メトロ丸の内線 四谷三丁目駅3出口から徒歩約3分

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愛染院は新義真言宗のお寺で獨鈷山光明寺と号します。
創建年代等は不詳ですが、弘法大師が関東巡錫の折、麻布善福寺の地に創建し本尊五指量愛染尊を安置しました
江戸城外堀建造のため当地に移転したのは、寛永11年のことになります
お寺には内藤新宿を開発した元浅草の名主高松喜六や、群書類従編者として名高い江戸時代中期の国学者塙保己一の墓があり新宿区文化財に指定されています。

山門

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本堂

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鐘楼

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こちらはお地蔵さんとは言い難いですが、かわいらしい石像だったので

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【アクセス】
新宿区若葉2-8-3
JR四ツ谷駅から徒歩10分

たんきり子育て地蔵尊(四ツ谷)

たんきり子育て地蔵尊天台宗のお寺、安禅寺の門前に立っているお地蔵さんです
といっても安禅寺がそれほど目立っていないので、普通に路傍に立っているお地蔵さんに見えます

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その名の通り、子供の咳や老人の喘息による痰が切れない人に霊験あらたかなお地蔵さんです
慶長13年(1608)麹町清水谷に創建された当時から門前に安置されていました
寛永11年(1634)江戸城の拡張工事の為、当地へ移転された時にもお寺と共に移転されました
安政6年の青山恩田の大火、大正12年の関東大震災に遭いましたが、その都度修復されて信仰を深めてきました
しかし第二次世界大戦末期の昭和20年5月25日夜お寺と共に焼失してしまいました。

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その後ご縁ある人々の努力によって立派に復元建立され、現在も人々に篤く信仰されています

【アクセス】
新宿区愛住町9-3
東京メトロ丸ノ内線 四谷三丁目駅2出口から徒歩約2分
都営新宿線 曙橋駅A1出口から徒歩約6分

六地蔵など(南蔵院)

こちらは目黒不動尊の近くで見つけたお寺です
南蔵院真言宗豊山派のお寺で、大鏡薬師寺南蔵院と号します。本尊は薬師如来立像。

藤原秀衡が持っていたとされる薬師如来像を円成比丘が回国修行に携えていたところ、動かなくなったことから、当地に安置して一寺を創建したといいます
御府内八十八ヶ所霊場29番、豊島八十八ヶ所霊場41番、東京三十三観音霊場21番札所となっています
また落語家初代三遊亭円朝の代表作の一つ「怪談 乳房榎」の舞台となった寺としても知られています

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山門

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本堂
階段には植木が並び、入り口がふさがれているので、一般開放はしていないのかも

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六地蔵

jizo-bosatsu.hatenablog.com

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阿弥陀如来

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子育て地蔵

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こんな石像群も

【アクセス】
豊島区高田1-19-16

都電荒川線 面影橋駅から徒歩約3分
都電荒川線 学習院下駅から徒歩約4分
東京メトロ副都心線 雑司が谷駅3出口から徒歩約6分

 

目白不動尊(金乗院)

以前「目赤不動尊」を訪れたことをきっかけに江戸五色不動というものがあることを知りました

jizo-bosatsu.hatenablog.com


かねがね江戸五色不動を全て廻ってみたいという想いはあったのですが、なかなか時間がつくれずにいました
やっと時間ができてこの度訪れたのが「目白不動尊」五色のうち「白」を訪問したって訳です

jizo-bosatsu.hatenablog.com

唐から帰ってきた弘法大師が出羽・湯殿山に行き修行を行っていた際に造られたといわれている像で不動堂に収められています

その為に境内には弘法大師にまつわる石像などが多数ありました

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不動尊像は普段は秘仏となっておりますので、残念ながらその姿を見ることはできません
ちなみにこの一体の高台を目白台と呼ばれるようになったのは、この不動尊が起源となっています(目白も同様)

不動堂 

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元々はここから1キロほど離れた新長谷寺(空襲で焼失した為、金乗院と合併)という寺院にあったものです

江戸三大不動でもある目白不動尊のある金乗院真言宗のお寺で山号は神霊山、本尊は聖観音菩薩
開基は永順で創建年は正確には不明ですが、文禄3年(1594年)以前ではないかといわれています
御府内八十八ヶ所霊場38番札所、江戸三十三観音霊場14番札所、関東三十六不動霊場14番、東京三十三観音霊場23番札所でもあります

山門

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本堂 

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第二次世界大戦で焼失し、1971年(昭和46年)に再建されたもの
中にはご本尊様をお祀りした厨子が安置されていますが、本尊の聖観世音菩薩もまた秘仏となっており見ることはできません

納経所 

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(こちらで御朱印をもらうことができます)

倶梨伽羅不動庚申 

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寛文6年(1666)に建てられた、不動明王の法形を現した庚申塔

六地蔵

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隣に3体お地蔵さんが並んでいたので、実質九地蔵になっていましたが

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お地蔵さんも何体か見つけることができました

【アクセス】
豊島区高田2-12-39
地下鉄副都心線 雑司が谷駅より徒歩約5分
都電荒川線 学習院下停留場より徒歩約5分

東都六地蔵(千駄木)世尊院

東都六地蔵はわずか二体が現存するのみとなっており、その二体目を見に千駄木まで行ってきました

jizo-bosatsu.hatenablog.com

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このお地蔵さんは空無上人が元禄の頃(1688-1704)に建立したものとなります
路上に立っているように見えますが、元々は本堂が戦災で焼失した専念寺境内に安置されていたものです

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胴体には細かい文字が刻まれていました

専念寺は浄土宗のお寺で念蓮社専譽上人心阿無的大和尚が開山となり下谷に創建され、現在の地に移転したのは天和年間(1681-1683)です

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隣にこんな石仏も

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【アクセス】
文京区千駄木1-22-24

こちらは江戸六地蔵(東都歳時記)を探しに行く途中で見つけたお寺です

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世尊院は天台宗のお寺で覺了山清浄寺と号します。
綱吉の妾お傳の方(小谷忠榮)を開基として、贈権僧正恢堂恵宏が開山となり、三ノ丸様御殿を拝領して元禄8年(1695)創建されました
大戦で本堂や宝物殿が焼失しましたが、平成に入ってから改築されました

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山門

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本堂

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お地蔵さんも見つけることができました

【アクセス】
文京区千駄木1-22-30
東京メトロ千代田線千駄木駅より徒歩5分

延命豆腐地蔵尊(喜運寺)

喜運寺は曹洞宗のお寺で光國山と号します。
源室氷高大和尚(慶長五年寂)が開山となり、起運寺と号して慶長3年(1598)桜田に創建、神田駿河台お茶の水への移転を経て明暦大火の後当地へ移転されました
現在の名前「喜運寺」となったのは、元禄4年(1691)のことです

このお寺には延命豆腐地蔵尊と呼ばれる珍しいお地蔵さんがいます
お寺の入り口は閉まっていることが多いみたいですが、この日は運良く中に入ることができました
この名前の由来となるお話しを少し長いですが引用します

「昔、享保(きょうほう) 年間(1716~36年)の頃、喜運寺(きうんじ) ・白山2-10-3の門前に豆腐屋さんがありました。
ここによく豆腐を買いに来る小坊主がいたそうです。
ところが、その小坊主が買いに来る日にかぎって売上げのかごの中に小石が数個入っているのに店の主人が気付きました。
主人の吉兵衛は、「あの小坊主がくさい」と考えました。
ある日、いつものように小坊主が来たので、吉兵衛さんはそっと後を付けま した。
すると、気がついた小坊主は逃げ出しました。

「待てー!」と叫んで追いかけました。

そして、吉兵衛さんは包丁の背で小坊主の肩を打ち付けました。
「キャー!」という悲鳴とともに、小坊主は姿を消してしまいました。
驚いた主人は、これこそきつねかたぬきの仕業かとあかりを照らして見ると、地面に石のかけらが落ちていました。
石は水のようなものでぬれて点々と喜運寺の地蔵堂まで続いていました。
不思議に思った主人は、堂内のお地蔵様を見てみると何と肩先が欠けているではないですか。
さっきの拾った石をそこに当てるとピタリと合った。

小坊主は、お地蔵様の化身だったのです。
それから、このお地蔵様を人々は、「とうふ地蔵」と呼ぶようになりました。
そして、願いごとのあるときには豆腐を供えたそうです。」

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本堂

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中に豆腐地蔵がいるのを示しているのはこの境内の外にある標識?だけ

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【アクセス】
文京区白山2-10-3

都営三田線 白山駅より徒歩9分、春日駅より徒歩11分
東京メトロ丸の内線、南北線 後楽園駅より徒歩12分