お地蔵さんブログ

お地蔵さんの写真や解説などを記しています

縄解地蔵尊

縄解地蔵尊

 

栃木県壬生市に縄解地蔵尊と呼ばれるお地蔵さんがあります。
日本三体地蔵尊のひとつとされています。
いったいどのようなお地蔵さんなのでしょうか?

 

縄解地蔵尊とは

地蔵堂

 

お堂に安置されているお地蔵様は、縄解地蔵と呼ばれ日本三体地蔵尊の一つといわれている。
言い伝えによれば、正歴年間(990~994年)京都壬生寺を開山した快賢僧都が、霊夢を感じ、一本の木で三体の地蔵尊を仏師定朝に彫刻させた。

 

ほかのふたつの三体地蔵は、京都市中京区の壬生寺にある延命地蔵尊、三重県名張市にある縄目地蔵尊となっています。

 

当初は、三体とも京都壬生寺に安置されていたが、壬生に初めて城を築いた小槻彦五郎胤業(おつきのひこごろうたねなり)が下野国に下向する際、夢枕にお地蔵様が立ち


「我は、縄解地蔵という。出生の後、罪を犯し縄目の辱めを受けるとも前非を悔い改め、我を信心すれば、たちどころに罪障消滅して仏果(成仏という結果)を得せしむるものなり。汝もし我を伴いて壬生に到り、小槻を改め壬生氏を名乗らば開運疑いなし」とお告げがあった。

 

信心深い胤業は、この夢に従って縄解地蔵尊を奉じて下野国壬生にやって来た。
以後壬生氏を名乗るようになり、厚く信仰した。

 

名称である「縄解」から、無実の罪をはらしてくれると古来より庶民の信仰をうけ、子授、安産、子育、開運、免罪、特に子供の守護仏として霊験」あらたかなりと近郷近在の信仰を集めている。
例祭には、地元は勿論、他町からも祈願する信徒のお供え餅が、数多く奉納され、親から子へ、子から孫への子孫繁栄の源として受け継がれ、三十三年毎に大開帳として大祭が行われる。

 

今の地蔵堂は、昭和六年東武鉄道壬生駅敷地に境内地が買収されるに伴い東下台に地元の人達を中心に、昭和九年七月新築再建された。
尚、厚い信仰を受けているお地蔵様は、地元東下台自治会信徒の皆様の協力によって護持されている。

 

以上

敷地内にあった「日本三体縄解地蔵尊由来」より引用しました。

 

毎年4月中旬になると、縄解地蔵尊の御開帳があるそうです。
今回は残念ながらその姿を見ることができませんでしたが、また機会があれば開帳の時期に再訪してみたいとおもいます。

 

お地蔵さん

 

こちらは地蔵堂の敷地で見つけたお地蔵さん(縄解地蔵尊ではありません)

 

縄解地蔵尊へのアクセス

栃木県下都賀郡壬生町駅東町6-23
JR宇都宮線壬生駅より徒歩7分

この記事が面白いと思ったら、クリックの協力をお願いします。

↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 写真ブログ 庭園・史跡・神社仏閣写真へ
にほんブログ村