茨城県那珂市の瓜連にひっそりと佇む弘願寺には、くすぐり地蔵という実にユニークな名前のお地蔵さんが安置されています
なぜこのような名前が付けられたのでしょうか?
調べていくと単なるお地蔵様ではなく、参拝者一人ひとりの願いを受け止め、共に歩むかのような、心温まる信仰の形がありました。
くすぐり地蔵とは?
「くすぐり地蔵」は、病んでいる体の部位と同じ地蔵の体をくすぐるように撫でると、地蔵がその病の身代わりとなり治癒するといわれています。
事実くすぐり地蔵が安置されている弘願寺では、慢性的な腰痛を抱える人々が地蔵の腰部を優しく撫でたり、気になるところを順番にさすってお願いしたりする姿が見られます。
このお地蔵様が非常に特徴的なのは、その姿です。
長年にわたり多くの人々に撫でられ、くすぐられてきたため、顔や腹部などはすり減ってしまい、原型をとどめていないほどです。
このことを聞いて筆者が思い浮かべたのは、北千住の安養院のカンカン地蔵です
このお地蔵さんは小石でカンカンと叩きながらお祈りをするとご利益があるお地蔵さんで、たくさんの人がお祈りしたために現在ではお顔がすり減ってのっぺらぼう状態となっていました
「くすぐられすぎて顔は無くなっていた」と表現されるほど、人々の熱心な願いの証が刻まれています。
かつては、お地蔵様の患部の欠片を自身の患部に当てていたという話も伝わっており、その信仰の深さが伺えます。
そして、願いが叶った人々は、感謝の気持ちとしてお地蔵様にぼうしやよだれかけなどを差し上げるそうです。
これらの奉納された衣類によって「デコレーション」された地蔵は、「みんなの願いの博物館」とも称されており、人々の祈りと感謝が織りなす芸術作品とも言えるでしょう。
弘願寺の基本情報
くすぐり地蔵が安置されている弘願寺は、臨済宗円覚寺派の寺院で、山号は帝青山。
1362年から1367年の間に佐竹氏によって創設されたと伝えられています。
中世には、当地を治めた佐竹氏8代貞義によって静神社の神宮寺として設けられた歴史を持ちます。
しかし、その歴史は平坦ではありませんでした。
徳川光圀の神仏分離令により1668年に現在の地に移され、その後も1823年の火災による焼失や、徳川斉昭による廃仏政策によって廃寺となるなど、多くの苦難を経験しながらも、1846年に再興を果たしたという、受難な歴史を持つお寺です。
現在、弘願寺は「花の寺」としても広く知られており、梅雨時には緑の美しさが際立ち、季節の山野草が訪れる人々を楽しませてくれます。
紫陽花やハス、百合などが咲き誇る様子も報告されています。
弘願寺住職の想い
弘願寺の住職は、「お寺はすべての人に開いていくようにしたい。普段着で、ちょっとした暇つぶしに遊びにきて、そして、何かに気づいて欲しい」という願いを抱いています。
実際に弘願寺では日々、草花の手入れや清掃を行いながら、訪れる人々が「感謝の心」や「おかげさまの心」といった、普段の生活の中で忘れがちな価値を再発見できるような場所を提供しています。
くすぐり地蔵への治癒祈願だけでなく、美しい庭園を眺めたり、住職との会話を通じて人生のヒントを得たりと、様々な形でこの寺を楽しむことができるでしょう。
管理人未訪のお寺ですが、ぜひ機会があれば足を運んでみたいと思っています
くすぐり地蔵へのアクセス
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