お地蔵さんブログ

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油掛地蔵尊(大阪市 南船場)

油掛地蔵尊

 

地下鉄「長堀橋」近くのビルに一角にひっそりと鎮座している「油掛地蔵尊
その歴史は1,300年にも及び、「古事記」や「日本書紀攝津名所図絵」にも記載されているとのこと。
名前の由来などを調べてみました。

 

【目次】

油掛地蔵尊の由来

お地蔵さんを拝む際に油をかける習慣が由来となっています(現在は油をかけません)
どうして油をかけて拝むようになったかということについては諸説あり、地蔵を信仰していた遊女が、抱え主から折檻されて油を注がれたとき、この地蔵が身代わりになって助けてくれたから。
石仏に墨をかけるなどして、石仏に災いを引き受けてもらう形代(かたしろ)信仰が元となり、墨の代わりに油をかけるようになったともいわれており、真相は不明です。

油掛地蔵尊のご利益

悪疫・火防の退散などのご利益があるとされています。

明善寺油掛地蔵尊縁略記

明善寺油掛地蔵尊縁略記

 

旧明善寺境内に鎮座されていたこの地蔵尊は、古事記日本書紀、摂津名所図絵等に記載されており千三百有余年前孝徳天皇の御代で古色蒼然たる誠に古い石仏であります。
天平の文字が記されていますが何分長世の事とて、油とじんあいでかくれています。
昔から悪疾、火防等の退散、その諸仏縁、まことによろしく、古来万人の信仰の対照となっておられました。
然るに昭和二十年三月十三日の夜半、あの大戦による大阪空襲の為、業火の犠牲となられましたが、尊前のお線香の捧げられていた大きな石つぼが真二つに割れていましたが、お地蔵様は、そのままでお立ちあそばしておられました、想えば不思議なことでした。
さぞかしあの業火の中に救の御手を長い間道行く人々にお慈悲の無言の説法をされてこられたとおもわれます

平成二年五月八日
安一町會長

 

油掛地蔵尊

 

今も一日約50人がお参りし、線香の火が絶えないといいます

油掛地蔵尊へのアクセス

大阪市中央区南船場1-12-29