南谷寺は天台宗のお寺で本尊が目赤不動尊であることでも知られている
目赤不動尊は江戸五色不動のひとつであり、関東三十六不動第13番不動でもあります
お寺を開いた万行律師は熱心な不動明王の信仰者で、ある夜に夢の中で伊賀国(現在の三重県)の赤目山に行くようにお告げを受けました
そこで熱心な赤目山の山頂に行って祈願していたところ、天から一寸二分ほどの黄金の不動明王像を授かったとの言い伝えがあります
かつては赤目不動と呼ばれていましたが、寛永5年(1628年)鷹狩に訪れた三代将軍・徳川家光によって目赤不動と呼ぶように命じられました
これは既に存在した目黒不動・目白不動に倣ってのことだと言われています
同時に現在の地を与えられ(かつては本駒込3丁目付近にありました)南谷寺の寺号となるとともに上野の寛永寺末寺となりました
かつて不動尊のあった地は現在では動坂と呼ばれており、目赤不動跡と呼ばれるお堂があり、日限地蔵と呼ばれるお地蔵さんがいました
しかしお堂は1985年の土地整理で取り壊され、お地蔵さんは徳源院という近くのお寺に移されました
南谷寺と目赤不動尊両方の門柱が入り口左右にあって分かりやすいです
山門を入るとすぐに六地蔵の姿も
正面には本堂が
不動堂もすぐそばにあります